ステロイド薬について

サッカー発展の歴史

サッカーを発展させることに貢献したのは、フットボール協会(Football Association(略称,FA))が1871年に始めたFAカップの大会。FA設立当時はサッカーは上流階級のスポーツだっが、下層階級にも急速に広まったようです。

FAカップ創設当時は上流階級のクラブの方が強かったのですが、しだいにイギリス北部の労働者のクラブが力をつけ、上流階級のクラブを打ち負かすようになったようです。その中でも注目すべきは、すでに労働者のクラブのなかにプロと考えられる選手が存在していたこと。つまり、クラブが選手に報酬を支払っていることですね。しかしクラブはその事実を否定し、FAもその事実はなかなかつきとめられなかったそうです。

しかしこういった選手が多く出現するようになって、1885年、FAはプロ選手を公認し、88年にプロ・リーグの創設されました。こういったサッカー発展の歴史の背景には、商人階級がその社会的地位を確保するうえでクラブ保護者になるのが有効だったり。また選挙法が改正されて労働者も選挙権を得たこともあって、政治家が選挙民の心をとらえる意味でもサッカー発展を支持したということがあります。

こういった流れの中、サッカーはイングランドからイギリス全土に広まり、そして大英帝国が海外に勢力を広げると共に海外にも広まり。非公式ながら1900年のパリ・オリンピック大会で試合が行われ、1908年のロンドン大会からは正式種目となり。サッカーは、見事国際的スポーツとして認知されるに至ったのでした。

ステロイド薬について

ステロイド薬は、抗炎症作用と免疫抑制の作用が強力で、劇的に痛みを抑える効果があります。
しかし、大量に使ったり、長期にわたって使い続けると、重い副作用が出ることがわかっています。
しかも急に薬を中止すると、リバウンドといって症状を悪化させることがあります。
そのため関節リウマチの患者さんには、血管炎や胸膜炎などの重い全身症状がある場合に限って、ステロイド薬が使われることが一般的です。
しかし最近では、抗リウマチ薬を使い始めたときに、その効果がまだ出てこない間の炎症を抑えるために、少量のステロイド薬を短期間使うこともあります。
また、冠婚葬祭などで一時的に痛みを抑える必要があるときにもお医者さんに相談すると処方されることもあります。

副作用としてよく知られているのが、顔面が丸くむくむムーンフェイスですが、そのほか肥満や食欲不振、不眠、だるさなど、副作用と気付きにくい症状もあります。
糖尿病、高血圧、高脂血症、動脈硬化、血管炎、骨粗しょう症、白内障、緑内障、ステロイド潰瘍のような重い副作用が起こることもあります。
これらの副作用は患者さんの誰にでも必ず起こるわけではありませんが、初期に自覚症状がほとんどないため、体重、血圧、血糖、コレステロールなどの定期検査を行なって早期発見に努める必要があります。

ステロイド薬は効果が確実ですが、頼り続けるとこのように重い副作用が出ますので、お医者さんに指示された服用法を必ず守ることが大切です。

サッカーユニフォーム関連の書籍紹介

サッカーのユニフォームについて書かれた書籍というのも結構いろいろあるようです。
では、今回は「Jリーグクラブ・歴代ユニフォーム完全カタログ」という本を紹介してみますね。

これは、ありそうでなかったとう感じの本ですね。
各Jリーグクラブのユニフォームの変化について見ることができます。
Jクラブ全チームが網羅され(亡きフリューゲルスのも・・・)、キャプションも細かくて見応えがあります。
手のひらサイズなのもいいですね。

また、ユニフォームのマイナーチェンジに関しても、簡潔ではありますがわかりやすく書かれているのがいいです。
歴代のカタログだけあって、資料にはもってこいです。

ただ、残念な点もいくつかありますね。
ユニフォームのデザインやスポンサーのロゴはしっかりと描かれているんですが、番号が描かれてない点は残念です。
番号の形も年によって変化があったりするのでその辺りも触れて欲しかったと思います。
背中の描写も欲しかったですね。
また、年によって3rdユニフォームを出しているチームもあるんですが、これら3rdユニフォームの細かい描写がない点も非常に残念でした。
あとは、所々スポンサーの色が異なっていたり、選手用ユニフォームとレプリカユニフォームの異なる点についての項目が間違いだらけだったり、細かいところで惜しい本です。

ちなみにこの完全カタログですが、東日本編と西日本編の二種類が発行されています。
Jリーグのクラブのユニフォームについて、いろいろ知りたい!当時を懐かしみたい!というサッカーファンの方は購入されてみるのもよいのではないでしょうか。

クリスマスキャンドルをお風呂で楽しむ

クリスマスパーティーなどで使用したクリスマスキャンドルがあります。
このようなクリスマスキャンドルはどのようにしていますか。
年に一度きりのクリスマスです。そこで使用したクリスマスキャンドルは次のクリスマスまで保存しておくでしょうか。
サンタやトナカイ、クリスマスツリーなどのクリスマスキャンドルはクリスマスが終わってしまったら片付けたくなるものです。
まったく火を灯していない未使用のクリスマスキャンドルであれば、次の年まで保管しといてもいいかもしれません。
しかし、火を灯して、中途半端なところまで燃えているようなクリスマスキャンドルは、どのようにしたらいいのでしょうか。
引き続き食卓やリビングで使用してもいいですが、急なお客様が来たときなどは、格好のいいものではありません。
そんな時は、使いかけのクリスマスキャンドルをお風呂に持っていって、個人的に使用したらいいでしょう。

お風呂でのキャンドルの楽しみ方はいろいろあります。
たくさんのキャンドルを持ち込み、そのキャンドルをお風呂のふちに並べてみます。
するとお風呂の水面にキャンドルが反射して、とてもきれいなものになるようです。
また、水に浮かぶキャンドルであるならば、洗面器に水を張って浮かべてもいいかもしれません。
お風呂で長い時間キャンドルの灯りを楽しむのであれば、半身浴がいいようです。
お風呂でキャンドルを灯しながらゆったりとお湯につかれば、日頃のストレスや、からだの疲労も吹き飛んでしまうことでしょう。

サイパン島における戦争の傷跡

サイパン島は、太平洋戦争中にサイパンの戦いが繰り広げられ、さまざまな被害を受けました。住民を巻き込んでの激しい戦闘がこの地で行われたのです。その傷跡は、今もサイパン島のあちこちに残っています。サイパン島の観光には、リゾートなどでの娯楽も含めて、これらの戦争の傷跡をしばし歩いてみることもお勧めします。現在でもアメリカ合衆国のコモンウェルスという立場にあることから、さまざまな規制のもとで生活している、住民の本当の姿をみることができるかもしれません。

たとえば、聖母マリアの祠があります。戦争中にカトリック教徒が建てたものです。戦争の終結を願い、マリアの像を安置したのです。この聖母マリアの祠に行くには、まずキャビトルヒルからクロスアイランドロードを南下します。そのあと、Y字路にさしかかったら、そこを左折すると、そこにマリア像が建てられています。道脇には、小さな看板があります。ただし、見落としがちなので注意が必要です。

その他、バンザイクリフも、戦争をめぐるスポットです。島の最北端の岬です。ここは、第2次世界大戦中に、追い詰められた日本人兵士や民間人がこの断崖から80メートル下の海に身を投じたのです。このとき、米国軍はやめるよう説得にあたったそうです。その数は、1万人ともいわれ、この悲劇の大きさを示しています。現在は、慰霊碑が建てられています。また、たくさんの供養塔もあります。